釣り


 屋上には、釣り糸を垂れている人がいた。

「・・・・・・何をしてるんですか?」
「夢を釣ってるんですよ」
「夢・・・ですか」
「そうですよ」
「・・・で、釣れますか?」
「いやあ、サッパリですよ。随分長いことこうして待ってるんですが、一向にかかりませんねえ」
「・・・ところで、釣ってどうするんですか?」
「ちょっと見せて貰った後で、ちゃんと返しますよ。キャッチ&リリースというやつですね。釣れた夢を片端から持って帰ってしまったら、夢がなくなってしまいますから」
「はあ、そうですねぇ」

 しばらく、その姿をぼんやり眺めていると。

「お、かかりましたね」
 ぴくぴくと釣竿が震えていた。彼は慣れた手付きでリールを巻いた。その先には灰色の、小さなボタンかビー球のようなものが引っ掛かっていた。
 彼はそれを器用に外して、空に翳すようにして見た。
「こうやってね、夢を見るんですよ・・・でも、最近は不調でね。こういう、どうにもつまらない小物ばかりがかかる。昔はもっときらきらとした、大きいものが釣れたんです・・・私の腕が落ちただけなら良いのですが」
 深く溜息を吐いて、彼は釣り道具を片付け始めた。
「これ以上はどうも望みが薄いようなので、帰ります。――ああ、そうだ」
 彼は思い出したみたいに、さっき釣った“夢”をぽんと放り投げた。
 小さく水音のようなものが聞こえた気がしてちょっと覗きこんだけれど、眼下には行き交う人の群ればかりが広がっていた。
 振り向いたとき、彼はすでに影も形もなかった。



不思議な感じを目指して。(655字)




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