そして悪夢は繰り返す




人を殺すことに、理由などいるのだろうか?
理由があれば、許されるのだろうか?
殺したくなったから殺した。これは理由になるのだろうか?
正義のための殺人は、正義と呼ばれるのだろうか?
悪意ゆえの殺人は、罪悪と呼ばれなければならないのだろうか?
しかし、それらはなんの意味も持たない。
目の前で殺人鬼が笑っている、この状況の前では。



星さえない夜空を、時折、雷光が照らしていた。
空から落ちる稲光と轟音。
雨は降らずにただ、雷だけが空を着飾っている。
この雷が止まった時、笑っているのは一体誰だろう。

「もうっ、いいかげんにしてよっ!!」
突然響いたヒステリックな声に、鈴鹿の思考は霧散した。
叫んだイリアは綺麗な金髪を振り乱し、ドンとテーブルを叩く。
「イリアさん、落ち着いてよ」
なだめる口調で言ったのは悟だ。
その悟にイリアは怒鳴り返した。
「落ち着いていられるわけないでしょ? 最初は何人いたと思ってるの? 10人よ。10人。それが今は どう? 今は何人生きてるっていうの? その中で生きて家に帰れるのは何人かしらねっ!?」
一気に叫んだイリアが肩で息をする。
どうして良いのか分からないらしく、悟は困ったように下を向いた。
「ちょっと、あんたも何とか言ったらどうなのよっ!」
イリアに八つ当たりをされ、怒鳴られて顔を上げたのは最年長の健一だ。
ちょっと困ったように笑ってイリアにハンカチを差し出した。
「とりあえず泣き止んだ方がいいよ。それにね、わざわざ君が言わなくても、怖いのは皆同じだからさ」
健一の言葉に鈴鹿は深く頷いた。
そう、怖いのは皆同じだ。
今考えなければならないのは、その怖いのからどうやって逃れるかだ。
ハンカチを受け取ったイリアが目元を拭った。
そうすると少しは落ち着いたらしく、さっきとは一転した弱々しい瞳を見せた。
「アタシたち・・・、どうなるのかしら・・・」
小さく呟いたイリアの声に、健一は近くにあったソファに座った。
「座って。状況をまとめてみよう」
イリアと悟は一瞬だけ顔を見合わせたが、何も言わずにソファに座った。
鈴鹿は、健一が何を言い出すのかと彼の顔を見る。
「まず、ここに来たのは一週間前。全員が同じ船でこの無人島に来たんだよね?」
尋ねられ、コックリと頷いた。
「その目的は、この無人島になぜか建っているこの屋敷の掃除をするアルバイトのため」
健一の言を受けて、悟が口を開く。
「そんで、真面目に掃除してたのに一人二人と誰かに殺されてしまって、残ったいるのはここにいる人だけ 」
鈴鹿は思い出す。
一口で殺されたと言っても、その死に様はバリエーションに富んでいた。
首を絞められた者。
手足がバラバラにされていた者。
口から血を吐いて死んでいた者。
首と胴体が離れていた者。
どれも苦痛の表情を浮かべた悲惨なものだった。
そう考えると自分がこうして生き残っていることが奇跡のように思えてくる。
「残りが5人になったときに、屋敷内に人が潜んでいないか調べたけど、結局誰もみつからず。つまり、ど ういうことか分かる?」
金髪に碧眼という明らかに日本人ではない外見ながら、イリアは綺麗な日本語でそう言って全員を見渡した 。
イリアが何を言おうとしているのか分からないらしくキョトンとした悟とは対照的に、健一は深く溜め息を ついて言った。
「この中に、殺人鬼がいるとでも?」
やや皮肉っぽい口調だったが、イリアは迷わず頷いた。
「アタシたちは何回も何回も屋敷内を探したし、屋敷の外だって探したでしょう!? それでも見つからな いなら、この中に殺人鬼がいるとしか考えられないじゃないっ!! どうなの!? 名乗り出てみたらっ! ?」
始めは静かな口調だったが、最後は悲鳴のようだった。
鈴鹿は名乗り出る人がいるだろうか、と全員を見渡したが、誰も名乗りでなかった。
「イリアさん、落ち着いて」
悟がまたなだめるように言った。
「僕たちがいくら探したって言っても殺人鬼にだって足はあるんだ。逃げ回ることが出来るんだよ。だから 、見つからないからって殺人鬼がこの中にいるとは決め付けられないよ」
鈴鹿はコクコクと頷いた。
そう、希望を捨ててはいけない。
それがどんなに小さな希望だったとしても。
健一が少し苦笑した。
「そうだよ。悟君の言う通りだ。ここにいる人間の誰が殺人鬼に見えるっていうんだい?」
しかし、と鈴鹿は思った。
殺人鬼が怖い顔をしているとは限らないんじゃないだろうか?
鈴鹿が考えている間に、悟が提案をする。
「朝になったらもう一回屋敷の中を探してみよう。殺人鬼か、ここから出るためのボートか、そのどちらか があればめっけもんだし」
ここから出るためのボート?
考えたこともなかった。
そうか。そういう物があればこの屋敷から逃げることも出来るのか。
鈴鹿が驚いているのと同様にイリアも驚いたような顔をしている。
健一が頷いた。
「うん。そうしよう。明日のことはともかく、今日はもう遅いし寝ようか」
「眠れるわけないでしょ」
眉を寄せて不機嫌そうに吐き捨てたイリアに健一が肩をすくめた。
「そうかもしれないけど、でも体だけでも休めておかないとね」
そうして、眠ることになった。
合っているのか分からないが、柱時計は2時を指している。

違う部屋で一人で眠るのは怖いが、誰かのすぐ隣で眠るのも怖い。
その人物こそが殺人鬼なのかもしれないのだから。
だから、一つの部屋だが、それぞれがそれぞれの四隅で丸くなった。
頭を壁にあずけて、鈴鹿も丸くなっていた。
疲れているのだが、眠たくない。
鈴鹿はボンヤリと殺人鬼のことを考えていた。
殺人鬼。
人を殺す鬼のような人。
 そのとき、カッと窓の外の空が光った。
雷はまだ収まらないらしい。
疲れきっていたイリア。
優しい悟。
冷静な健一。
そして、鈴鹿。
この雷が止んで空が晴れたとき、生きているのは何人だろうか?


眠れないと思っていたが、やはり疲れていたらしく鈴鹿はうとうとと浅い眠りの中にいた。
その眠りを破る悲痛な悲鳴。
「キャアアアアアァァァァァァ!!」
高い高いイリアの悲鳴。
それと一瞬遅れて、走り去っていく足音。
遠ざかっていく足音を聞きながら鈴鹿は反対の四隅に目を向けた。
そこにあったのは。
赤。
真っ赤な血。
人形のように転がる頭部。
その顔は、鈴鹿の正反対の隅で眠っていたはずの悟の顔だった。
目を見開き、口は苦痛に歪んでいる。
生きて手足を切り離されるところを想像してしまい、気分が悪くなった。
手にも足にも頭にも胴体にも大量の血液が付着している。
その血が少し乾いているところを見ると殺されてから大分時間がたっているのだろう。
この無人島に来てから、鈴鹿はそんなことが分かるようになっていた。
血の海の中にある悟の頭部たち。
何かの部品のようにバラバラに捨ててある悟の体の一部分たち。
しかし、それらをどう繋げても、悟が動き出すことは決してない。
「くそっ! 殺人鬼めっ!!」
近くで響いた罵声に鈴鹿が顔を上げると、そこに健一がいた。
悟の死体を呆然とした表情で見て、口の中で何かを言っている。
次の瞬間、ハッとしたように悟の死体から顔を上げて健一はクルリとドアの方へ振り返った。
「イリアさんっ。一人で行動したら危険だっ!」
大声でそう叫び、健一はドアの向こうへと走り出した。
この部屋に、鈴鹿を残して。
しばらくして、鈴鹿は歩き出した。
二人を探さなくては。
イリアの悲鳴の後の足音は、おそらくイリア自身のものだったのだ。
悟の死体を見て、錯乱し半狂乱で走り去ってしまったのだろう。
そして、それを追いかけて行った健一。
二人を探そう。
そう決心して鈴鹿は血の匂いの充満するこの部屋から出て行った。

廊下を歩き、
ドアを開け、
部屋に誰もいないことを確認して閉める。
それを繰り返した6部屋目。

その中で今、イリアの死体が転がっている。
鈴鹿はその前で、乱れる呼吸を沈めようと深呼吸をしてみた。
とたんに血の匂いが体の中に入ってきて、余計に苦しくなる。
イリアの死体を見た。
しなやかな体からは、今も血が溢れ出ていた。
死んで間もないのだろう。
ボディをめった刺しにされており、腹の辺りからは腸や腎臓、肝臓がはみ出ていた。
血みどろの中に横たわっているイリアの姿は人形を連想させた。
もう自らの意思で動くことはない。
泣いて叫んでいた昨夜のイリアの姿を思い出し、溜め息をつく。
そして、顔を上げる。
逃げなくては。
この屋敷の中で鈴鹿の他に生きているのは、あと一人しかいない。
健一しかいない。
つまり・・・。


そこまで考えたところで、ドアの向こうから足音が近づいてくることに気がついた。
・・・コッコッコッコッ、コツン。
足音が止まり、この部屋のドアの前で立ち止まったことが分かった。
鈴鹿は慌てて室内を見渡し、隠れることが出来そうな場所を探す。
ウォークインクローゼットが目に止まり、考える間もなくその中に逃げ込んだ。
ギィ、という音と共にドアが開く。
コッコッコッ・・・。
足音。
クローゼットの隙間から、部屋の中を見る。
思ったとおり。
そこにいたのは健一だった。
絶命しているイリアの傍に膝をついてしゃがみこみ、彼女を見ている。
その右手には、登山用の大きなナイフを持っている。
健一はナイフを持っていない左手で、イリアの顔に触れた。
目を撫でて、鼻のラインをたどり、口の中に手を入れる。
クローゼットの中で、鈴鹿は身動きすることも出来ずに、その一部始終を見ていた。
 
 その時、急に健一が立ち上がった。
鈴鹿の心臓が大きく脈打つ。
「イリアさんはここで死んでいる」
健一は、そう言った。
まるで鈴鹿がここにいることを知って言っているようで、鈴鹿は手を握り締める。
横を向いた健一は、真っ直ぐにクローゼットを見た。
「血はまだ流れている。目と口内にはまだ水気がある」
クローゼットの中にいる鈴鹿に向かって言っている。
今ハッキリと分かった。
間違いなく、健一は鈴鹿がそこにいることを知って、鈴鹿に話しかけているのだ。
コッコッコッコッ・・・。
健一はゆっくりと一歩ずつクローゼットに近づいてくる。
「つまり、死んで間もない。10分・・・、いや5分も経ってないだろう」
コツン。
足音はクローゼットの前で止まった。
鈴鹿は無駄だと分かっていたけれど、息を止める。
「その間、部屋から出た者はいなかった」
そう言って健一はクローゼットの取っ手に手をかけた。
鈴鹿の心臓が破れそうな勢いで脈動する。
ドクドクドク・・・。
「つまり、イリアさんを殺した人間はこの部屋の中にいることになる。そして、この部屋の中で隠れること が出来そうなのはクローゼットだけのようだから、殺人鬼はこの中にいると思うんだけど、どうだろうね」 健一はナイフを構えつつ、クローゼットを開け放った。
クローゼットに光が入り込む。
健一はクローゼットの中で丸まる少女に向かって言った。
健一が言う。
鈴鹿に言う。

「はじめまして、殺人鬼」

鈴鹿は・・・。
鈴鹿は、笑った。
にぃ、と殺人鬼のように笑った。
「君は、誰なんだ?」
健一が初めて見る少女を見つめて不思議そうに尋ねた。
「私? 私は鈴鹿っていうの。貴方たちと同じ船でこの島に来たの。」
驚いた顔をした健一に鈴鹿は楽しそうに話す。
「ずっとずっと貴方たちの近くで貴方たちを見てたの。誰も気づいてくれなくて、つまんなかったわ。でも 、まぁ、無理もないかしら。この屋敷は秘密通路とか隠し部屋がいっぱいあるから。怯えて怖がって戸惑っ て震えてる貴方たちを一人ずつ殺すのは楽しかったわ一番楽しかったのは、あのイリアっていう女ね。泣き 叫んで・・・」
上機嫌に話す鈴鹿の言葉を健一が遮った。
「どうして、殺したんだ」
厳しい声で、健一が問い詰めた。
「殺したかったから」
「なっ・・・、そんなことで9人も殺したのかっ!?」
ナイフを掲げ、鈴鹿を睨んでいる健一の声が少し震えた。
「そんなことって言うけど、大事なことよ。金銭的トラブルとか愛憎のもつれとか、そんなものがないと人 を殺してはいけないって言うの?」
「そんなものがあっても、殺してはいけないんだ」
健一の言葉を、鈴鹿は鼻で笑った。
「偽善的ね。イリアをおとりにして私を誘い出した人の言葉とは思えないわ」
「・・・っ!」
ぎょっとしたように目を見開いて健一は鈴鹿を見た。
鈴鹿がおかしそうにクスクス笑う。
「気付いてないとでも思ってたの? 貴方はイリアを見つけた後も彼女に声をかけずに距離を置いて後ろを ついて行っていたものね。そういうことだと思ったの」
どちらの仕掛けた罠に、どちらがはまったのか。
それは当人たちでさえも分からない。
「この、殺人鬼めっ!!」
叫んだ健一が鈴鹿にナイフを振り下ろそうとした。
しかし、鈴鹿はそれを軽々と避ける。
「そうやって怒るのが図星の証拠ね」
健一の脇をくぐった鈴鹿は隠し持っていたナイフを取り出した。
イリアの血でドロドロに汚れているナイフを。
振り向こうとした健一の肩に、躊躇なく鈴鹿は後ろからナイフを刺した。
「ぎゃぁぁぁ!!」
大きく掠れた健一の悲鳴に鈴鹿は大笑いした。
「あーははははははっ! 汚い悲鳴」
そして、大笑いしたまま健一の胸にナイフを刺した。
健一の体が崩れて床に落ちる。
「かっ・・・、はぁ・・・」
声にならない呻き声をもらす健一に鈴鹿は楽しそうに話しかけた。
「私が人を殺すのはね、殺したいからよ。理由も正義も罪悪もなんの意味もないの。・・・大丈夫よ。すぐ には死なないわ。ギリギリ急所は外してあるもの。長く苦しんで死んでね」
クスクスと笑いながら鈴鹿は言った。
ヒューヒューと苦しげな呼吸をしている健一に、それが聞こえたかどうかは分からない。

鈴鹿は自問自答していた。

楽しいか?
否、楽しくない。

嬉しいか?
否、嬉しくない。

では、なぜ殺す?
殺したいから。

そう、殺したい。
だから・・・。

鈴鹿は電話の受話器を持ち上げて、どこかにダイヤルした。

トゥルルル。
ガチャ。

「もしもし、お屋敷の掃除をしてくれる人を連れてきて欲しいんです。無人島なのが気に入らなかったのか 、アルバイトの人が皆いなくなってしまって。ええ、ひどい話でしょう? だから、すぐに人を・・・、そ うね10人ぐらい。 お願いしますね」

受話器を戻し、鈴鹿はナイフを見つめながらニヤリと笑った。


そして悪夢は繰り返す。





笹桜良さんがこの小説をUPする先を探してらっしゃった時に
丁度900踏んだので、そのカタに差し押さえチャンスとばかりに頂きました。
自分の運の良さと笹さんの優しさに乾杯。
笹さん、快くOKを下さって有り難うございます。
そんな笹さんのサイト「ちるちる桜」は素敵な小説と詩の宝庫。
「旅」から飛べます。行くべし。


  ブラウザバックプリーズ。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送