災害〜清風荘倒壊顛末記〜


 そのアパートは今時珍しい木造二階建てで、はっきし言ってとてもボロい。取り壊しの話も間断なく浮上するそこに、未だしぶとく居座っているのは、よっぽどの物好きか変わり者だと思う。だが、そんな所に住んでいるのは他でもない、俺の友人なのだった。
 その「清風荘」は、名前だけ聞けば白い綺麗な建物を想像しそうになる(少なくとも俺はそういうのを思い浮かべた)が、現実の実物は大きく異なっている。
 そこに住む友人の言に拠れば、清風荘という所は風呂無トイレ共同で雨は漏る、廊下や階段はぎしぎし言う、夏は熱気がこもってあたかも蒸し風呂の如く、しかし冬は隙間風が身に凍みる・・・等々、引っ越したいと思う要素には事欠かないそうである。
 なら何故んなとこに住んでんだと思うのだが、友人曰く「長所もある。ボロい分、家賃は安い!」。
 その唯一と断言してもよい長所のために、俺以上の貧乏学生である友人は、他の諸々の欠点には目を瞑ってここの二階に生息しているのだった。
 俺はかつて半年程前はじめてそこを訪れたが、聞いていた以上に凄まじかった。強風が吹いたらみしみしと、何とも不吉極まりない音がするのである。
 俺なら即刻不動産屋に駆け込むところを、友人は平気な顔。俺は呆れるを通り越して、むしろ感嘆してしまった。
 が、我に返って思う。
 このままでいいのか?――いや、よくない(反語)。
 俺は部屋の大部分を占拠しているガラクタ(控えめな表現。実際はゴミとしか思えない)を押しやり或いは蹴飛ばして座ると、おもむろに口を開いた。
「お前さ、引っ越したがいいんじゃないか」
「うーん・・・確かになあ。取り壊しの話もあるしそうは思うんだけど、金無いし荷物まとめるの面倒だし・・・まぁまだ住めるよな、と思って」
 けらけら笑って友人は宣い、俺は溜息を吐いた。
「お前、崩れて下敷きになって死んでからじゃ遅いんだぞ?」
「心配性な奴だな、あんまし神経質になってると禿げるぞ?」
 ――この野郎。もう知るもんか。
 俺は憮然として黙り込んだ。
 俺の父親は、バーコードのよーな頭をしている。因みに父母双方の祖父の頭は河童に似ている。つまり・・・止めよう、不吉な話だ。
 それにしても、俺はこの友人を脳天気な楽天家と認識していたが、それは間違いだったらしい。あいつの神経はワイヤーロープ並に丈夫で太いに違いない。いや、ひょっとしたら神経自体がないのかもしれない。
 そうは思ったものの、こんな奴でも死んだりしたら後味は良くないだろうから、その後も俺は何度か引越しを勧めた。
 だが、それから変わった事といえば、俺が清風荘を訪れた一週間程後から、ネズミを一匹飼い始めたこと位だった。
 友人はそのネズミをポチと名付け(本当は犬を飼いたかったらしい)、ネズミなのに猫可愛がりしている。人間と同等、むしろ俺以上なのではなかろうかと思うほどの厚遇ぶりだ。
 何故そんなに大切にするのか訊いてみたら、友人はにやりと笑って言った。
「ポチは将来俺の恩人・・・じゃない、恩ネズミになるかも知れないからな」
 何のことやら。
 季節は折りしも夏、俺は猛暑でとうとう脳味噌がわいたのかと心配になったが、ポチに注ぐ異様な愛情の外はてんで普段と変わりない。清風荘の方もいつポックリ逝ってもおかしくないような状態ながら、何とか健在だった。
 だが、平和というのは永続性を欠くもんなのである。
 友人とポチが同棲生活を始めて約半年経ったある日、今現在からいうと昨日。
 いい天気だった。俺は自分のアパートで(結構ボロいが、清風荘には及ばない)昼寝をしていた。そこに、地震が襲って来たのである。
 といっても、全然大したこと無い地震だった。しかしそれに驚いたのか、清風荘はそのまま三途の川を渡って、あっけなく崩壊してしまったのだ。
 友人は運悪く清風荘にいた。ポチは何処ぞへ逃げてしまったようだが、友人の方は病院に運ばれたと聞いて、俺もそこへ足を運んだ。
 医師の話によると右足捻挫以外は擦り傷程度、頭もたんこぶができた程度らしい。つくづく悪運の強い奴である。
「よう、具合はどうだ」
 講義をサボり、手土産にバナナまで買って来てやったのに、友人は挨拶代わりに俺をじろりと睨みつけた。
「何だ、えらく機嫌が悪ィな」
「当たり前だ。一体何の為に世話してきたと・・・」
 どうも会話の流れがよくわからない。
「何の話だ? やっぱり頭がどうか・・・」
「違う! ポチだよ。肝心な時に役に立たないんだもんな・・・」
「・・・お前、一体ポチに何を期待してたんだよ?」
 訊くと、友人は渋面のまま説明してくれた。以下、要約。
 動物は所謂第六感とか、危機察知能力が優れているという。ならば、清風荘にいよいよ危機が訪れた時には何らかの形で知らせてくれるだろう。
 そう考え、友人はポチを大事にしていたらしい。
 聞き終わって、俺は呆れた。
「馬鹿だなお前。お前と一緒にいたポチに、んな芸当出来るわけないだろ」
「何でだよ?」
「だって『ペットは飼い主に似る』んだろ」



星新一氏のSSに同題でネズミの出てくる話があります。
もちろん内容は違いますが(当たり前)。

余談つーかどーでもいい裏設定。
「俺」は「或る闘い」シリーズの人。友人も「或る闘い」に出てきた人です。(2109字)




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