りんご。 「はぁい、あーんしてぇ」 その子供は満面の笑みで、僕に向かってそれを突きつけてきた。 「・・・・・・」 僕は黙ってそれを見つめた。 ほぼ球形、つややかなカラダから甘酸っぱい芳香を放つ――りんご。 僕はその程よく熟れた果実と子供の顔を交互に見た。これは困惑の印。 そりゃあ僕たち犬は元は肉食とはいえ、今じゃ結構何でも食べる。けど、僕個犬はあんまり果物って好きじゃないし、おまけに丸々そのままを差し出されてもどうしようもないわけで。 僕がついと目を逸らすと、子供の様子が変わった。 笑みが引いて、目には涙がいっぱいたまってく・・・・・・やばい。 「うわああああん、タロのばかああああ」 あああ、泣き出しちゃった。でも、しょうがないじゃないかー。 焦る僕。泣き声を聞きつけてベランダからママさんが顔を出した。 「どうしたの?」 「ママぁ、あのね、タロがね、せっかくあーんしたげたのに、食べてくれないの」 えぐえぐ泣きながら差し出されたりんごを見て、ママさんは「あら」と言った。 ママさんなら僕の気持ち解ってくれるよね? 僕は期待に尻尾を振る。果たしてママさんは「それじゃあタロは食べないわよ」と言った。 さすがママさん!――と思ったのに、続けて「きちんと皮を剥いてあげなくちゃ」。 僕は項垂れた。嗚呼、やっぱり人間と犬の意志疎通には無理があるんだろーか・・・ 少しの間を置いて、子供は再び僕の前に姿を現した――今度はご丁寧にウサギに切られたりんごを持って。 「あーん」 勘弁してよ、と僕は思う。でも、また泣かせちゃうのも可哀想だし。 しょーがない、僕はぱくりとそれを食べた。うーん・・・不味くはないけど、何か好きになれない・・・ でも、僕の表情や気持ちの解らない子供はとても嬉しそうに笑った。 ――うん、りんごはイマイチ好きじゃないけど、こうやって笑ってくれると僕も嬉しい。だからまあ、食べてよかった・・・かな? 子供はママさんのところに駆け戻って嬉しそうに報告している。 僕も何だか幸せな気分になって、ゆるく尻尾を振りながら目を閉じて日向ぼっこ。穏やかな昼下がり。 「タロー!」 軽い足音と子供の声に目を開ける。その寸前に鼻をくすぐる匂い。 ――あ、やな予感。 「はい、あーん」 そうして僕の目の前には、再びりんごがつきつけられたのだった。 何となくほのぼの。(997字) →戻る |
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