倦怠期


 暗い玄関。ぼくは明かりを点けて、奥に向かって声をかける。
「ただいま」
 奥の部屋にいる筈の彼女からは何の反応もない。
 大方予想していたとはいえ、ほんのわずか抱いていた期待をうち砕かれて余計に疲れが倍増した気がする。
 もちろん、「おかえり」なんて返事が返ってくることはハナから期待しちゃいない。でも、声をかけないまでも仕事で疲れて帰ってきた僕にドアの向こうからだっていい、ちょっと顔を見せるくらいしてくれたって罰は当たらない筈だ。何せ彼女は僕が働いている間、一日中家の中でごろごろしてるだけなんだし。
 どうせまた寝てるんだろう――そう思いながら、ぼくは溜息を吐いて靴を脱いだ。
 以前だったら彼女は僕の帰りを待ちわびて、ドアを開けるなり部屋の奥から駆け寄ってきて温かく出迎えてくれたのに、今じゃコレだ。ぼくの方もその状態を受け入れてしまっている。
 いつからぼくらはこんなに冷めてしまったんだろう――なんてね。
 部屋のドアを開ける。そこも暗い。
 電気を点けると、いっそ見事なくらいに散らかった部屋が浮かび上がる。
 彼女に家事能力なんて一切ない。そんなこと嫌ってくらいにわかっているけど、ぼくは思わずまた溜息を吐いた。
 惨状を作り出した当の彼女は、思った通りベッドの上で平和な寝息を立てていた。その無邪気な様子に思わず可愛い、と思ってしまう。そういうところを見ると今日こそ叩き起こしてきつく言ってやろうという気も失せてしまう。
 ――仕方ないな。
 そう思って彼女を起こさないよう、なるたけ静かに部屋を片付けていたけど、気配に聡い彼女はすぐに目を覚ましてしまった。
「ただいま」
 一応、挨拶。
 彼女はちらりとぼくを見て、一つ小さなあくびをしただけだった。
 彼女がマイペースなのはよ〜く骨身に沁みてるけど、やっぱりそんな反応しか返されなかったらカチンときてしまう。
「あのね、どうせ片付けられないんだから最初から散らかすなっていつも言ってるだろ。それにぼくは君のために働いて疲れて帰って来てるんだ。なのに・・・」
 彼女は僕の言葉を遮って、甘えるように身体を寄せてきた。
「・・・えーと・・・」
 上目遣いに見つめられて言葉に詰まる。
 もちろん、こういうところは確信犯。可愛いくせにしたたかな彼女。でも一番の問題は、それがわかっていてなお簡単に丸め込まれてしまう僕の意志の弱さだろうな・・・
「――ほんと嫌になるよ、おまけにそいつさ・・・」
 食事(もちろんぼくが支度した)を食べながら、会社の話をする。けれど彼女は相槌を打つどころか聞いているフリすらしない。それでも溜め込むよりはマシと思って愚痴っているわけだけど、やっぱりちょっと空しい。
「でさ、・・・」
 食べ終わった彼女はさっさと腰を上げた。
「出かけるの? もう遅いよ?」
 訊くだけ無駄だとわかっていても、ついそう訊いてしまう。
 案の定、彼女は答えるどころかぼくを見ようともせずに、開け放しにしていた窓から優雅なほどの仕草で出て行った。
 取り残されたぼくは自分と彼女の食器を片付けながら、やっぱり猫はマイペースで冷たい、次に飼うならゼッタイ犬にしようとココロに決めていた。



要するに
・一人暮らしって独り言増えるよね
・すれ違いの姉妹編
という話。(1336字)




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