インチキ・ヒーロー


 あたしは絶望していた。何にと言われたら、世の中の全てにと答えそうなくらいに。

 だから適当に見つけたビルに入って、そこの屋上に上ってみた。
 フェンス越しに見下ろす地上は、やけに魅力的な場所に見えた。
 このまま死んじゃうってのも、悪くないんじゃないかって、そう思えるくらいに。
 だから、つい口に出した。
「・・・死んじゃおうかな」
「じゃあ、僕が殺してあげようか、きみのこと」

 答えがあったことに驚いて振り向いて、あたしは思わず固まった。
 ドアのところにいたその男が、あまりにも怪しかったので。

 多分、歳はそんなに違わないんだろうなと思った。
 なぜなら彼が着ているのはブレザー、つまり制服で、どこの高校かまではわからないけどあたしにも見覚えがあるものだからだ。
 ただ、一つ決定的にオカシイのは、顔が見えない――わからないこと。なぜなら彼が、お面をしているからだ。
 日曜の朝はいつも昼近くまで寝ているあたしには、何ていうヤツかはわからない。けれど直感でわかる、これはおそらく日曜日の朝に活躍しているヒーローのお面だ。

 制服姿の胡散臭いにもほどがあるヒーローは、固まってるあたしに向かってなおも言った。

「死にたいんだろう? なら、僕が殺してあげるよ」
「なんで?」
「――好奇心、かな」
「・・・どゆこと?」
「人を殺すときってどういう気持ちになるのか、興味があるんだ。最近、自分の命を粗末にする奴も他人の命を粗末にする奴も多いからね。僕は死にたいなんて思わないから、前者の気持ちはわからない。だからせめて後者の、誰かを殺すっていうのは一体どんな気持ちがするものなのか、知ってみたい」
 ヒーローの顔で、トンデモないこと言うな、こいつ。
 そこで、彼の制服が結構有名な進学校のものだということを思い出した。・・・アタマが良い奴って、どっかネジも外れてんのかしら。
「・・・よくわかんないけど、いいよ別に。あたし死にたいと思ってるし」
 自分で死ぬか、この怪しい奴に殺されるかだけの違いだし――それくらい、あたしはどうでもよかった。過程がなんだっての? 大事なのは結果だって、学校か塾かどっちか忘れたけど、センセーも言ってた・・・ような気がする。
「そうか。じゃあリクエストはあるかい? 殺され方の」
「特にない。スキにしていいよ」
「そう。僕も刃物とか、凶器の持ち合わせはないし・・・じゃあ、ここはオーソドックスに絞殺といこうか。お互い、それが一番リアルだろうし」
 絞殺ってオーソドックスなのか。
 疑問に思ったけど、訊くのも面倒だった。それならそれで早くしてくれればいいと思っただけで。

「じゃあ、行くよ」
 そう言って、彼が近づいて来る。ヒーローの顔のくせに、あたしを殺すために。
 ああ、なんてインチキなヒーローだろう。

 インチキヒーローが手を上げた。それであたしの首を絞めるつもりなんだなと思って――思ったところで、あたしは急に怖くなった。
「――やっぱやめ! 取り消しっ!」
 無意識にあたしは後退ってたみたい。背中がフェンスに当たってがしゃんと音がした。
「どうしてだい? 死にたいと言ったじゃないか」
 インチキヒーローの表情は変わらない。お面だから当然だけど――それがとても、怖かった。
 骨張った指が、首に触れた。
「いやだってば!やめろバカ! やめてってば!」
 振り払おうとしても、敵わない。
 指が、絡みつく。
「やだやだやだあっ!」
 ぐ、とインチキヒーローの指先に力が籠もった。
 とにかくめちゃくちゃに暴れながら、あたしは必死で叫んだ。
「死にたくないよおおっ!」



「・・・あれ、あたし」
 気がつくと、あたしは仰向けに転がっていた。インチキヒーローはあたしの上に馬乗りになっていたけれど、もう首に手はかかっていなかった。
「ちゃんと生きてるよ」
 そう言って、ヒーローが上からどいて傍に座ったので、あたしも身体を起こそうとしたら、ずきりと頭が痛んだ――揉み合って倒れた時に、打ったみたい。それで、ああ生きてるんだなと実感して、あたしは無性にほっとした。
「――僕は、どうやら人殺しになるのは無理らしい」
「へ?」
「きみが死にたくないと暴れて騒ぐので、気が失せた」
「・・・そのお面のせいじゃない? それ、なんかのヒーローのでしょ。正義の味方が人殺し、じゃあちょっとね」
「・・・なるほど。マズったな」
「あたしはそのおかげで、死に損なったけどね。――ありがと」
「きみは変わってる・・・殺そうとした僕にお礼を言うのか」
「殺そうとしたことじゃなく、やめてくれたことへのお礼よ」
「それでもだ」
 あたしは笑った。
 今さっき殺されかけたばっかりなのにやけにすがすがしい気分で、自分でもびっくりした。
「あんたのお面の方が、よっぽどイカれてるって・・・そういやあんたは、人殺しになり損なっちゃったね」
「そうだな・・・だが収穫はあったから構わないよ」
「収穫?」
「とりあえず命を大事にさせるには、一度死ぬような目に遭わせれば良さそうだ」
「・・・その通りだから、何にも言えないわ」
 本当に。
 生きてて良かったと、今あたしはそう思ってる。我ながら現金だけど。
「今更だけど、きみはどうして死のうと思ったんだ?」
「ほんと今更・・・まあアレよ、失恋したの」
「・・・そのくらいで」
「失礼ね! ・・・でも、ほんとそう。今思えばそのくらいでバカみたい。恋なんて、生きてればいくらでも出来るのにね」
「なら手始めに、僕と恋に落ちてみるかい?」
「やだ」
「即答だな」
「顔も名前も分からない人となんて嫌に決まってんでしょ。とりあえず自己紹介が先、恋はそれからじゃない?」
「・・・確かに。もっともだ」
 お腹に力を入れて勢いよく身体を起こして、あたしはちゃんとヒーローと向き合った。
「あたしは早坂詩織。ハイ、次はあんたの番。お面もちゃんと取ってよ」
 お面の下で、彼は笑ったようだった。さっきあたしの首にかけた手が、お面を外すために上がった。
「僕は――」

 彼の向こうで、夕焼けがとてもきれいだった。



当初、お面はペ○ちゃんにするつもりでした。
絵面で考えたとき、アレが迫ってくるのが一番怖そうかなと思って。
何となく気が変わってやめたんだけど、タイトルも付けれて逆に良かったかも。(2459字)




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