不条理な昼下がり


 ゆらゆらと、アスファルトから陽炎が立ち上る。
 額を拭うと、手の甲がじっとりと汗で濡れた。見上げるとよく晴れた空に、憎らしいほど燦燦と太陽が輝いている。

 久しぶりの故郷である。

 道の両脇に広がる田圃の風景は、十年前と変わらない。違うのは道だけだ。荒々しい砂利道だったここは、今ではアスファルトに舗装されてしまった。
 そう――変わったところといえばそれだけである。
 なのに、道一つでこうも変わってしまって見えるから不思議だ。まるで全然違う場所に迷い込んだような錯覚を覚える。

 ふと人の気配を感じて視線を戻す。

 シャツに手拭い、麦わら帽子といった出で立ちの老人だった。しなびた手に鎌を持ち、いかにも農業人、今から畑仕事ですといった風だ。
 向こうも私に気付いたのだろう、いかにも人の良さそうな笑みを浮かべた。
 だがそれは一瞬で、老人はかっと目を見開いた。
 何事か叫んだかと思うと、老人とは思えぬすごい勢いで私に向かって駆けてくる。私は何が何だか解らずに立ち尽くした。
 彼は手にした鎌を突然放り投げた。それは回転し、ぎらぎらと陽光を弾いて光る。その間に老人は私のすぐ傍まで迫っていた。そして――
 唐突に、彼は思わず一歩退いた私の横で、奇声を上げつつ鮮やかにでんぐりがえしを決めて見せた。
 膝立ちになって伸ばした片手に、丁度落ちてきた鎌が収まる。

 一瞬の空白。

 老人は何事もなかったかのように立ち上がると、呆気に取られている私ににやりと笑んで、悠然と立ち去っていった。
 私は陽炎の向こうに小さくなっていく老人の背を、呆然と見送った。

 ――ある暑い夏の、昼下がりのことである。



シュール系・・・?
自分では結構気に入ってるんですが。(717字)




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