こんこんという音がした。
 窓の外を見ると、そこにはドラゴンが浮かんでいた。
 それは開け放した窓からするりと入って来ると、偉そうに部屋の真ん中に落ち着いた。そして重々しい声で言った。
「すまんが、風邪薬を貰えるか」



『ドラゴンと僕。』



 一瞬僕は耳を疑った。
 外は良い天気で、でも僕はついさっきまで容赦ないレポートに悪戦苦闘していたところだった。それは嫌と言うほどの日常だった。
 しかし今、目の前にはいかついドラゴンがとぐろを巻いて鎮座していて、ずかずか上がり込んできた彼は初対面の僕に向かって風邪薬を寄越せと言う。何という非日常。
 そしていきなり日常からファンタジーの世界に叩き落とされた僕はというと、日本の質素なアパートの部屋にドラゴンというのはこんなにも似合わないものなのか、と変に感心していたのだった。

「風邪薬・・・ってことは風邪引いてんの」
 ――ドラゴンって風邪引くんだろうか。
 そう思いながら訊くと、ドラゴンは溜息を吐いた。一瞬ちらりと火が見えたような気がしたが、とりあえずカーペットは焦がしてないから良しとする。火を吹くくらい、ドラゴンなんだから多分当たり前なのだろう。
「季節の変わり目はどうも調子が悪いのだが、今回はやけにひどくてな。困っているのだ」
「何でここに?」
 ドラゴンは偉そうに答えた。
「丁度目に入ったからだ」
 何で威張るんだ。
 風邪薬を恵んでくれという割に、ドラゴンの態度はその図体よりでかい。
「・・・薬あげてもいいけど、そしたら何かお礼とかしてくれんの?」
「何だと?」
「世の中ギブアンドテイク。持ちつ持たれつに魚心あれば水心・・・」
 つらつら述べる僕に、ドラゴンは焦ったように口を挟んだ。
「無償のボランティア精神というのは美しいものだと思わんかね」
「別に」
 すげなく言うと、ドラゴンは何とも情けない顔になって、世知辛い世の中になったものだ、全く嘆かわしいとか何とかぶちぶち呟いた。人間とは顔の作りが全く違って眉が下がるなんてこともないのに、不思議と表情があるのだった。
「ドラゴンって言ったらすごい強いってイメージがあるんだけど。風邪なんか引くんだ」
「ドラゴンだって生き物だからな」
「自分で治したりとか出来ないわけ? こう、魔法みたいなのとかでさ」
「それが出来れば苦労はせん。出来る奴もいるが・・・ドラゴンにも色々あるのだ」
 悪かったなどーせ下っ端だよ、みたいなことをふて腐れたように言っている。見た目だけならかっこいいドラゴンとのギャップがおかしくて、思わず笑ってしまった。
「・・・まあ、たまにはボランティアも悪くないかな」
「その通りだ」
 勢い込んだドラゴンは、噎せたのか軽く咳き込んだ。
 途端に部屋の中に風が渦巻いた。机の上のプリントだとかがばさばさと飛び交い、家具ががたがたと揺れた。
 どーしようと思って、とりあえずおそるおそるドラゴンの背中(?)をさすった。きらきらしたうろこは硬く、仄かにあたたかかった。
 ――これは、熱があるんだろうか。ドラゴンの平熱ってどれくらいなんだろう。
「大丈夫?」
「・・・すまん」
 下っ端とはいえドラゴンはドラゴンなのだ。散らかった部屋を見て少し見直した。ざっと部屋を片づけて、僕は言った。
「薬取ってくるから・・・なるべく、咳とかはしないよーにしてくれよ」

 ――ドラゴンて何食うんだろう。薬の前には何か腹に入れた方がいいけど、それって人間の場合だしなあ。
 とりあえず鍋におかゆと卵酒を作って、それと薬と水を持って行った。
 部屋に戻ると、ドラゴンは部屋の真ん中でじっとしていた。矢張り少し辛いらしい。
「ドラゴンてモノ食える?」
「一応はな。だが今はあまり食欲が」
「ちょっとでもいいから食べてよ」
 おかゆを差し出すと、一口で平らげた。流石に口のサイズからして違うだけある。
「ほう、美味いものだな」
「それはどうも」
 さて。ドラゴンに果たして人間の薬が効くんだろうか。というかどれくらいの量を飲ませればいいんだろう。
 ――いいや、適当で。死にゃしないだろう。何てったってドラゴンなんだし。
 不味いとゴネて嫌がるドラゴンに半ば無理矢理薬を飲ませてついでに卵酒も飲ませて、さらについでに毛布とアイスノンも貸して一晩だけここで休ませてやることにした。ドラゴンと過ごすことなんて滅多にない経験だ。

 翌日にはドラゴンは元気になっていた。
「世話になったな。礼を言うぞ」
 ドラゴンの恩人に対する態度はやっぱりでかかった。
「では、さらばだ」
 カッコつけてドラゴンは去って行った。
 さらば非日常。
 そして戻ってきたのは、今日が提出期限なのに半分も終わっていないレポートという恐ろしい現実だった。

 最初で最後だろうという僕の思惑に反して、あれから時々、ドラゴンはうちにやってくる。
 恩返しでもするつもりかと思ったら、単に遊びに来ているだけらしい。ドラゴンて暇なんだろうか。
 彼はおかゆが相当お気に召したのか、来るたびにたかって行く。
 いつも最後は「邪魔だからさっさと帰れ」と追い出しながらも、僕はこういうのも面白いかな、とちょっと思っている。

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望月さんリクエストで「ファンタジーでSS」だったんですが・・・
えー・・・ドラゴン出てくるからボーダーライン上かなー、なんて。

しかしやる気の感じられんタイトルですね。うん、いつものことだけどね。(2150字)






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